壮気健全と壮気健全守とは

壮気健全とは

壮気(そうき)とは、「若々しくて盛んな」、健全(けんぜん)とは「全てが健やかになること」を意味します。
壮気健全守 出雲大社埼玉分院

壮気健全守とは

各々の人たちが、常に健康であって、明るく楽しい日々が過ごせるようにと、願いを込めたお守りです。
宗祠(そうし・島根県出雲大社)では、一般的にお守りとよばれる「肌守(はだまもり)」は頒布していません。こちらのお守りにあたる「壮気健全守(そうきけんぜんまもり)」を頒布しています。

壮気健全は大国主大神の御神徳

出雲大社の御祭神は大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)です。
大国とは、広く大いなる国土(日本)を意味します。そしてこの国土は、ただ土地を指しているのではなく生命体としての国土であり、生きている自然のことです。国土は人間をはじめ、生きとし生けるものがその生命を限りなく生み出し育み、生きてゆかねばならぬところです。ですから、人々がその国土に住み、幸せな生活を営み、自然と共に幸せに暮らせる土地こそが国土といえるのです。大国主大神はこの国土の大きなみちから(=壮気健全)を与えて下さっています。

大国主大神の御別名と壮気健全

大国主大神の偉大さをよく示しているものの一つに、その御別名があります。このことは、大神が古今、様々な人に、様々の事情でその恩頼(みたまのふゆ・恩恵)を期待され、それぞれの御神名でもって仰がれたことに由来します。

大己貴神(おおなむちのかみ)

大己貴の大は、広く大いなるさまを表します。己貴は「名持」とも書き、ある広がりの中に名前ある存在、すなわち、その広がりを主宰するという意味です。「ち」は霊あるいはそのはたらき(=壮気健全)を示し、大神はそこに御霊威を表される神ということです。

大物主神(おおものぬしのかみ)

大物主の大は、広く大いなるさまを表し、物とは万物を指し、また尋常(つね)ならない霊威を意味する言葉です。すなわち、物主とはこの世に生きるすべてのものの霊魂の本義を意味します。大神はこの霊魂を主宰され、それを正しく栄える(=壮気健全)ように導かれています。

所造天下大神(あめのしたつくらししおおかみ)

私どもの幸福を願われ、この世のすべてのものが豊かの繁栄する(=壮気健全)ように、国土の開拓と国土を経営いただいた御事跡からの御神名です。

壮気健全は豊かに正しく栄える状態

以上のことから壮気健全とは、大国主大神の御神徳により、豊かに正しく栄える状態を指します。
これらの大国主大神の御神徳にあやかり、各々の人たちが、常に健康であって、明るく楽しい日々が過ごせるようにと、願いを込めたお守りが、壮気健全守なのです。

壮気健全守り-出雲大社埼玉分院

祈祷-出雲大社埼玉分院

神恩感謝とは

神道の原点は自然崇拝。この世界に存在するもの全ては「神様からのいただきもの」と考えます。生活の道具は単なる「物」ではなく、神様から授かった「もの」。物質的な「物」を大切にする気持ちを持ち、「もの」に対する感謝を日々行うことが本当の幸せを導くと言えます。

生かされて 生きるや 今日のこの命
天地(あめつち)の恩 限りなき恩

(神様に生かされて 生きている今日の この命 天と地の恩はこれ以上ないほどの恩である)という言葉にあるように神様に日々生かされていることを感謝し、感謝の気持ちをお祈りするのが「神恩感謝」です。

日本人の生活と「神恩感謝」

日本人の生活には「神恩感謝」の考え方がいたるところに見られます。

神頼み

感謝の気持ちを忘れなければ、神頼みはしてもよいと考えられています。「苦しい時の神頼み」ではなく、謙虚に一日の安寧を感謝し、「日々、神頼み」をすることが大事です。
神頼みしたからといって、勉強しなければ、試験には受かりません。努力なしの神頼みは叶わないのです。願いの成就に関わらず、必ず神様に感謝をしましょう。願いが叶わなくても、仕方ないことと謙虚に受け止めて、何かを学ぶ姿勢が大切です。

いただきます

食前の挨拶「いただきます」は、「いただく」という頭の上にものを捧げる最高の敬意を表す動作です。お米を作ってくださったお百姓さんやご飯を与えてくれた親への恩、天地自然の恵み、天地に存在する「神」、いろいろなものへの感謝の気持ちがこの言葉には含まれています。「いただきます」は単なる挨拶ではなく、祈る心なのです。

おかげさま

「おかげさま」の「おかげ」というのは、神様や他人からいただいた恩恵を意味します。「おかげ」に「さま」をつけて、丁寧にしたのが「おかげさま」。神様や周りの人たちに対する感謝の気持ちが込められています。
神社にお参りの際には、まずは感謝しましょう。

ありがとう

感謝をして生きていれば、心は穏やかになります。まずは「ありがとう」と口にしてみましょう。自然や目に見えないものへの感謝は神様に通じ、心に平穏をもたらします。

私たちは日々、目に見えるもの、目に見えないもの様々なものに感謝しながら生きています。当たり前のことへの感謝の気持ちを持てることは、とても幸せなことです。「ありがとう」と口にすることは言霊(言葉には力があるという考え方)の発動です。

祈祷「神恩感謝」

出雲大社埼玉分院では、「神恩感謝」の祈祷を随時承っております。日々生かされていることに感謝し、感謝の気持ちをお祈り致しましょう。

神様との付き合い方

神様であれ人であれ、感謝された相手は「幸せな気持ち」「うれしい気持ち」になります。また、感謝の気持ちはそれを抱いた人にも心の平穏と幸せをもたらします。神様と人との関係は、人間同士の関係と同じなのです。

人間同士が感謝することで、「もっとその人の力になりたい」と思うように、神様と人間に関しても、同じことが言えます。接する機会が多くなればなるほど、つまり神棚や神社に手を合わせる回数が多ければ、多いほど神様との関係が深まるのです。人間同士の関係が深まるように、神様とのご縁を深めることで、神様はご加護を授けて下さいます。

神社では、春に稲の豊作を祈る「祈年祭(きねんさい)」が行われ、秋には収穫を感謝する「新嘗祭(にいなめさい)」が行われます。
神道では、「お願いすること」と「感謝すること」は必ず対です。神職が奏上する祝詞も祈願と感謝で成り立っているのです。